中央図書館のなかに置かれた文学研究科各専攻の院生室には、とにかく書籍が詰まっている。文学作品、史資料、研究書……本好きな人たちには、そのなかで「生活」するのは至福の時間だろう。今回は、お話をうかがったドイツ文学専攻の田中李奈さん、フランス文学専攻の山下枝土さんに、それぞれの専攻の院生室について紹介していただいた。
ドイツ文学専攻研究室




扉を入ると、文学研究科の他の院生室より、ややこぢんまりした印象を受ける。「他の院生室よりちょっと狭いですか?」と訊くと、「そうなんです、前のところを追い出されてしまって(笑)」との回答。数年前、在籍者数が大変少なかった時期があり、それまで使用していた部屋から、もう少し小規模なところへ移るよう指示されたらしい。「最近は修士がたくさん入ってくるようになったので、在籍者も増えて、いっぱいになってきました。そろそろ部屋を変えられるんじゃないか、申請できるはずと相談していたんですけど、引っ越しは院生が担当しなきゃいけないので、いまはその余裕がなくて。空間より時間を優先した感じです。」確かに、この量の書籍を梱包して運び出し、また本棚に並べるのは大変だ。
図書館の内側に向かって壁一面の大きな書架が設えられ、窓側にはそれと並行して、院生たちが研究する机が並んでいる。壁一面の本棚は、先ほど田中さんにインタビューさせていただいた背景で、お話をうかがいつつ、どんな本が入っているのか気になっていた。「ドアのほうから時代順に、いろいろな本が並んでいます。先輩たちが購入したものとか、先生から寄付していただいたものもありますが、ドイツ語研究所がいまのヨーロッパ研究所へ拡充改組されるとき、ドイツ語の本が多すぎると移管されたものも入っています。でも、残念なことですが、本がたくさんになってしまうので、図書館の蔵書と重複しているものは廃棄せざるをえませんでした。わたしたちが研究するスペースも作らなければいけませんし…」
狭いところへ部屋替えされてしまったことと、蔵書スペースの問題とは関わりがあるのだろう。しかし、「狭いせいで院生の仲はよいかもしれません。アットホームな雰囲気ですね。毎年、研究室にいついてしまう院生と、あまりよりつかない院生がいるのですが(笑)、今年度はみんな大体集まっています。あとは、修論を書かなければいけない秋になると、人口密度が増します。みんな机に山を作って(笑)」と、屈託ない笑顔が返ってきた。
いまはそれでも、院生一人にひとつ机が行き渡っており、みんな自由に、存分に学んでいるという。話し好きな院生も多く、よくみんなで語りあう。どんなことを話しているのだろう。「将来のこととか、留学のことも多いですね。先輩になってくると、やはり修士の子から、就職や博士進学のことも訊かれます。でも、よい答えを返してあげられないのがつらいですね。以前は独文でも、オーバードクターで5年くらい働けるポストを用意できたらしいんですが、いまはない。非常勤の職だって、必ず得られるとは限りませんしね。それでも、一般就職の状況はよくなっていますが、アカデミアの世界でやってゆけるかどうかは分からないので、上に来なよっていうのは、躊躇しますね。」
こういう学生たちを、大学や社会が、国がしっかりと支えてゆかないと、いつか教育文化など潰えてしまうに違いない。
ちなみに、上の写真3枚目で田中さんが手にしているのが『STUFE』、ドイツ文学専攻の院生たちが、編集・出版まですべて担っている学術誌である。修士1年生が研究ノート、修士の修了生、博士進学の院生が論文を発表できるメディアである。先輩たちから受け継がれたものを、後輩に手渡す(雑誌も蔵書も…)。その責任は、彼らだけが担っているものではないはずだ。〔田中李奈さん紹介〕
フランス文学専攻研究室



ずいぶん広さを感じる院生室だ。例によって窓側に机が並んでいるが、よくある個人閲覧用ではなく、コワーキング・スタイルのテーブルを使っているからかもしれない。反対側の壁際には、長い本棚が2列にわたって連なっている。見通しがいいのだ。
「わたしがよくみているのは、この裏の本棚ですね。」先ほどお話をうかがっていた背景の、辞書がびっしり並んだ書架から、裏側へ回って山下さんが云う。「ここには、歴代の先輩方が集めてくださった作品や研究書があって。図書館所蔵の本とは違って、貸し出し日数の制限がありませんので、いくらでも借りられます。19世紀のバルザック、近代文学、女性に関すること、教育に関すること…わたしはよく、ここから借りていって読んでいますね。」先輩たちの営みが、そのままいまの院生たちの研究へ受け継がれている。顔も名も知らない先輩たちも多いだろうが、その恩恵は確実に息づいているのだ。「反対側には、他大学の研究紀要類が並んでいます。自分の論文をどう構成するのか、ですとか、参考にすることが多いですね。」やはり研究とは、先人たちにつながり、未来へ繋げてゆく活動なのだろう。
院生室の雰囲気はどうですか、と訊くと、「和気藹々としています、優しい先輩方が多いですね。購入する図書も、ほしい本、足りない本を、先輩方と相談して決めます。論文の発表についても、いろいろ相談しますね。わたしの代はひとりしかいないので、研究について分からないことも多いのですが、いろいろ教えていただいています。」
山下さんは昨年初めて、「上智大学フランス語フランス文学会」で報告したという。同会は、フランス文学専攻の院生が、教員や修了生とともに組織している学内学会で、毎年秋に開かれる例会では、若手研究者や院生の研究発表、ゲストの講演、シンポジウムなどが行われ、研鑽・交流の場となっている。機関誌"Les lettres françaises"も年1回刊行、院生の寄稿も奨励されている。山下さんも、学会で他大の研究者からアドバイスをもらい、学際的雰囲気に触れて大いに勉強になったらしい。それも、先輩たちの支えがあってこそか。
「院生室では、自分の机が割り当てられますので、入り浸って研究しています。みんなでご飯を食べることもありますね。わたしにとって、大切な居場所となっています」と、顔がほころんだ。〔山下枝土さん紹介〕
