山下枝土 さん
博士前期課程フランス文学専攻
自分とは異なる読み方に出会う
Q)今日はお時間をとっていただき、ありがとうございます。それでは、まずは山下さんがいま研究なさっていることの魅力を、学問や研究についてあまり馴染みのない方々にも分かるように、説明していただけますか?
A)私が研究しているのは、19世紀フランスの小説家、バルザック(Honoré de Balzac, 1799〜1850)です。彼に関心を抱いたのは学部2年のときで、受講した博多かおる先生の授業で、『ゴリオ爺さん(Le Père Goriot)』という作品に触れたのがきっかけです。バルザックの代表的長編小説で、上流階級を写実的に描き、家族や結婚のあり方を悲観的にみつめたものです。その作品を通じて、他の作品も読むようになりました。バルザックは、同じ人物を複数の作品に登場させているんですね。授業で習ったことなんですが、「人物再登場法」。これによって読者は、その人物の過去であったり、未来も見ることができるんです。その登場人物をひとつの作品だけじゃなくて、複数の作品を通じて、いろいろな視点からみることができるっていう、そういう面白さを感じるようになったわけです。
Q)なるほど、そうすると作品論から作家論に展開してゆく形でしょうか。バルザックという作家は、その、博多先生の授業の前からご存知だったのですか?
A)いえ、それまではまったく読んだことがなくて。博多先生の授業が大きかったです。授業ではもちろん小説も分析したんですが、映画化された作品や舞台芸術も同時にみて、どこが違うかも考えて。脚本家や演出家によって、作品のあり方が大きく違ってくる。そこも面白さのひとつだな、と感じるようになりました。
Q)文字に限らず、物語そのものに関心をお持ちなんですね。フランスという地域の文化や、文学のあり方全般には、もともと興味はお持ちだったんでしょうか?
A)はい。私が上智のフランス文学科に進学したのは、幼少期の頃に1年ほど、父親の仕事の関係でフィリピンに滞在していたことがありまして。まだ5才ぐらいで、子どもたちが物売りをしていたり、物乞いをしているような現実を目の当たりにして、同年代の子どもたちが働かざるをえない状況に大きな衝撃を受け、教育を受けられない環境が将来の選択肢を奪ってしまう現実を強く意識したことが原点となって、「子供たちが夢を諦めなくてよい社会をつくりたい」という思いが芽生えました。そのときは、もっと単純な気持ちだったんですが、それがずっと頭の片隅にありまして。いざ受験するとなったときに、自分は本当にしたいことは何だろうと考えて、そういった子どもたちに文学を通して、物語の面白さを伝えることを通じて、彼らの将来の指針になるようなものを提示できるんじゃないかと考えたんです。
Q)そうしますと、フランスの文化や文学に対して単純にお好きだったというより、もっと社会的課題の解決というか、文学や物語そのものの役割、力みたいなものへの関心や、責任感のようなものが先にあったというわけですね。しかしなぜ、フランスなのでしょう。フランスへのそもそもの興味は、そうしたこととは別にお持ちだったのでしょうか?
A)フランス文学への関心としては、やはり、いちばん有名ともいえるような、『星の王子さま(Le Petit Prince)』を読んだことですね。そのときは、それがフランス文学だということは知らなかったのですが、ほかにも『タンタンの冒険(Les Aventures de Tintin)』とかバンド・デシネ(bande dessinée)※1の作品を、子どもの頃に全部読み通すほど好きだったんです。そうして、成長してからよく考えてみると、ああ、みんなフランスだった、と。
Q)そうか、『星の王子さま』って、確かに日本でもとてもポピュラーですが、フランス文学だと認識している人は少ないかもしれませんね。そこからバルザックまではずいぶん距離があるかと思いますが、その変化は大学に入ってからということなんでしょうか。
A)そうですね。
Q)これまでいわばファンタジー的なものに親しんでフランス文学科へ進学されて、入学されてから専門的な研究と出会われたわけですよね。その第一印象はいかがでしたか?
A)これまで自分がみたり読んだりしてきたのは、まず近代のものばっかりだったんだなというのが印象的でした。1年のときに、「研究入門」という授業があるんですが、そこではもっと古い最初から、中世や近世の作品も扱って。また、いわゆる紙に書かれた小説だけではなくて、演劇作品などもみていきましたので、物語を読み解く面白さはより感じるようになりました。
Q)フランス文学への接し方というと、例えば『三銃士』とか『モンテクリスト伯』とか、あるいは『レ・ミゼラブル』などから入って、(日本では『ベルサイユのばら』なんかもありますし)それらを通してフランスの歴史や文化を知ってゆくのが一般的かなと思うのですが、そうではなくて、いわゆる童話や児童文学から一飛びに専門的な作品群へ、という接し方だったわけですね。
A)そうですね。一般的には、何か娯楽的で読みやすい小説、という形になるかもしれないんですが、私は教授のお話をうかがったり、作品の時代背景であったり、文学の方法や理論を教えていただくなかで、こういうふうにも読めるんだ、読み解くことができるんだと感じたことや、学生どうしでグループ・ディスカッションする機会もあったので、自分の読み方とは違う視点にも接することができて、それが面白かったんだと思います。そこから始めて、膨大な情報を集めて自分で整理してゆくる分析力とか、文章を論理的に構成して記述する力とか、物ごとを単一の視点からだけではなく多角的な視点から読み解く手法などを培うことができました。それらは今後将来、自分が何かアクションを起こしてゆくときに、たくさんの人たちと関わって情報を読み解いたりしてゆくなかで、すごく役に立つのではないかなというふうに思っています。
熊本にあるオリジン
Q)将来目指すところはすごくハッキリしているなと思うのですが、それだけなら例えば4年間勉強して学校の先生になる、でもよかったわけですよね。それを、たぶん卒論をお書きになりながら考えられたのだと思うのですが、大学院に進学してもう少し研究を続けよう、と決められたのはなぜでしょう?
A)卒業論文では『ゴリオ爺さん』を扱ったわけですが、そのテクストのなかにある動物表象表現を分析していったんですね。実のところ、バルザックがとても動物に関心があったとか、そういうわけではないんですけれども。2年生で授業を受けているとき、その授業で扱ったわけではないんですが、読んでいて何かすごく動物表象があるな、と感じていたんです。それがずっと心のなかにあって、卒論で扱ってみたいと。その背景としては、やはり19世紀の動物園の流入であったりとか、産業革命や人口の流入によって、観相学っていう外見で人間の性質や性格を読み解く学問の展開があったことなども分析しまして。でも、卒論を提出し終えてから、先ほどもいいましたがバルザックは同じ登場人物を複数の作品に登場させているので、他の作品ではその人物に対する動物表象はどう使われているのか、表現の仕方に違いがあるのか、変化する可能性をみつけたいというふうには考えていたんですが。やはり卒論では、作品を厖大に扱うのはちょっと難しくて、そこまではできなくて。また、 先行研究でもすでにそういう指摘がなされていたので、自分はもうちょっと違う視点から作品を分析したいな、という思いがあって。大学院に進学するときに、動物表象だと社会的背景への重心が大きくなってしまうので、他の作家を取り扱うべきか、乗り換えるべきか、博多先生に相談したんですが、まずはそのままでいいと仰っていただいて。それから、ちょっと方向性は違うんですが、例えば噂とか手紙とかというコミュニケーションが、人の心の動きにどのような影響を与えてゆくのか、という点にも関心を持つようになったんです。ひとつの作品のなかでも分析できるんですが、やはりバルザックだと作品の枠を超えた、作品どうしの影響関係を見出せるので、面白いなと。そういうことを、動物表象とともに考えるようになったのがきっかけで、進学したいなと思うようになったんです。
Q)なかなか複雑な興味・関心ですが、純粋に学問への関心が強くなったことで、進学したいというお気持ちになったんですね。ぼくも専門が環境人文学的なところなのですが、近代文学に出てくる動物表象が、それ以前のものとどう変化しているのかは重要な問題ですね。先ほど動物園や観相学のお話が出ましたが、動物園の起源は万国博覧会であり、それは帝国主義による植民地からの簒奪品の展覧会でもあったわけですよね。観相学や骨相学は、やがて優生思想へ繋がって、帝国主義を正当化する疑似科学へ育ってゆく。動物観も、文明の道具、素材になってゆく画期だと思うのですが、バルザックのなかにも、そうした変化は現れてくるのでしょうか?
A)そうですね…。私は主に譬喩表現として注目しているのですが、動物そのものが作品に登場するのは、「砂漠の情熱(Une passion dans le désert)」という作品以外、まだみたことがありません。この作品は、唯一実際の動物が登場するのですが、ナポレオンの遠征期に、沙漠で兵士とメスの豹が出会うという。お互いに心が惹かれあってゆくのですが、心理描写や豹をめぐる文章表現が、人間を主体とするものになっているわけです。そういう面白さがあって、一時期分析したりもしていました。
Q)なるほど、マルチ・スピーシーズ的な面白さがあるんですね。いまうかがっていて、近代ロシアのバイコフという作家の、『偉大なる王』という作品を思い出しました。北満州の針葉樹林が開発され、破壊されてゆく時代を背景に、その密林に君臨したアムールトラの生涯を、人間との関わり、他の動物たちのエピソードを絡めて描いたルポルタージュなんですね。バルザックよりもう少しあとの時代で、フィクションとルポルタージュという違いはありますが、文明と野生の対置の仕方など、よく似ているかもしれません。そういえば、『星の王子さま』も砂漠ですね。自然へのまなざしというのは、いかがでしょう。山下さんのなかに、関心としては強くあったのでしょうか?
A)そうですね…。熊本で生活していた頃は、やはりこういった東京の都会とはまったく異なる環境でした。目の前には田んぼが広がっていて、祖母の家にはみかん畑がありまして、家族みんなで収穫をして、出荷を手伝ったりもしました。海が近かったので、釣りにもよく行きましたね。そうしたなかで育ったんです。動物との関係でいえば、ペットも飼っていましたし、長く通っていたピアノ教室には、いろんな種類の動物がいて、触れあう機会は多かったと思います。
Q)何かそうした動物たちに、特別な思いを持たれたことなどは?
A)どうでしょう…。ペットについては、やはりアニマル・セラピー的な印象でしょうか。母親に怒られたときに、何かこう慰めて寄り添ってくれる。なぜ好きなのかっていわれると、ちょっと難しいんですけど。でも、幼い頃は恐竜の図鑑をみるのも好きでしたし、昆虫採集などもよくやりました。カブトムシの成虫を夏に捕まえてきて、生んだ卵をタッパーに入れて、幼虫からまた成虫に戻す、ということもやっていました。
Q)日本の古典で「虫愛づる姫君」というのがありますが、女性では珍しいですね。お名前が「枝土」と書いてシトとお読みになる、なかなか素敵なお名前だなあ、ご両親も何か自然に対して一家言おありなのかなあ、と感じたのですが。
A)シトって、普通に書けば「使徒」なんですね。べつだん、父も母もカトリック教徒というわけではないんですが、父が自宅の近くにあった小さな教会に通っていて、それで聖書のことばを借りてきたようです。「枝土」という字は、やはり父が、広い心を持って多くの人と繋がれるように付けた、と聞いています。自然についてどうかは分からないですが、両親とも熊本出身なので、自然豊かな環境のなかで育ったことは確かだと思います。そういえば、母親には教育方針があって、こんなに自然がまわりにたくさんあるのに、ヴァーチャルな、技術的なものを使って遊ぶ必要はないと、ゲーム機なんかを一切買い与えてはくれなかったんです。そういうことはやはり、自分の今の人生にも繋がってるのかなとは思いますね。
Q)お名前をインターネットで検索すると、小学校1年生のときに、熊本県の「くらしと土木の週間」記念行事「土木の日」絵画・写真コンクールで、金賞を受賞されていますよね※2。こう、パワーショベルなんかが力強く描かれた絵で。
A)(笑)ああいう絵を描いたのは、父が土木関係で働いていたからなんです。あとは、ちょうどそのとき、新幹線開通のための工事が、近所でずいぶんあったんですね。父親がどんな仕事をしているのかな、っていう関心はとてもあったんです。あとは、絵を描くのが好きだったんですね。想像力に技術が伴っていないので、ぜんぜんうまく描けないんですが(笑)。母や妹もとても得意で。美術館にもよく行っていました。
Q)芸術にも関心がおありなんですね。
A)いまでも、美術館にはよく行くんです。友だちと行くとゆっくり自由に観られないので、いつもひとりで。あるいは、母と行くことが多いですね。母と行くと、絵が上手な人からの意見が聞けて、面白いなって。
Q)お母さまの存在が大きいんですね。
A)はい。父は単身赴任が多かったので、母が父親の代わりもしてくれていて。友達みたいな関係ではなく、やっぱり尊敬する女性という感じです。そう、母も小さいときは昆虫採集をしていたみたいで、標本を自分で作ったといっていました(笑)。
静かな口調で慎重に言葉を選ぶが、家族の話題には感情がこもった
子どもへのまなざし
Q)そうしますと、自然の豊かな土地で、ご家族とも、とくに意識しないなかで自然と接してこられた、ということなんでしょうかね。少し話を戻しますが、例えばペットにしても、身近な癒やしの対象でありながら、しかし究極的な他者、という面もあるじゃないですか。どこかで人間の感じ方、考え方を浮き彫りにして、それを解体してゆくような。文学的経験としては大切だと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
A)「砂漠の情熱」を分析して、雌豹がだんだん人間の女性になってゆく、動物と人間の境界が曖昧になってゆくような表現に関心を持ってからは、何かこう、境界の揺らぎというものにより惹かれるようになったんですね。いま研究の対象としているのは、『呪われた子(L' Enfant maudit)』という、バルザックのまた違う作品なんですけど。16世紀頃を時代背景にしているんですが、貴族の家に生まれたエティエンヌという少年が、父親の本当の子どもではないかもしれないということで、母はちょっと病んでしまって。父親はエティエンヌを、城の外の海に面した小屋に幽閉してしまうんですね。そういう孤独な状態だったからなのか、海との対話とか、何か植物との対話、人間と人間でないものと関わりに興味がありまして。心と心の境界を超えた繋がりですとか…、母親が、上の城から子どもに対してうたう歌とか、物理的に境界がありつつもそれをのりこえるような揺らぎとか。そのあたりに関心がありますね。
Q)ちょっと前に「親ガチャ」っていう言葉も流行しましたが、「お前を産むんじゃなかった」とか、「お前は生まれてくるべきじゃなかった」とか、アプリオリによいものとして思われがちだった家族のなかで、子どもが周縁化されている、境界に追いやられている現実がありますよね。うかがっていると、『呪われた子』という作品には、文明の周縁に追いやられ抑圧された子どもが、しかし境界の向こう側の自然とのコミュニケーションを通じて、自分のあり方を維持してゆく面もある。境界の隔絶性が、人を傷つけもするし、鍛えたり活かしたりもする。そういう境界って何なのか、その揺らぎにはどんな意味があるのか、考えさせられます。またそういう意味では、もともとフィリピンにいらっしゃったときに感じられた子どもたちの現実と、いちばん近いところをおやりになっているわけですよね。
A)そうですね、そうなりますね。
Q)そうしますと、山下さんが将来的に目指されているものが近くにありそうですが。先ほど、教育にも関心をお持ちのようでしたが、子どもたちと向きあうような将来の夢に結びつくんでしょうか。
A)はい。職業はまだしっかりとは決めてないんですけど、先ほどお話ししたことと重複してしまうんですが、文学研究のなかで培ったものごとを分析する力、論理的な構想力、思考力、多角的な視点などは、人と人との関わりを理解したり、企業の組織とか一般社会のなかで、具体的な企画ですとかマーケティングですとか、そうしたときに人の心を理解し、情報を整理し論理的にまとめて相手に分かりやすく伝えられるようにする。分かりやすく伝えることが、何か自分のなかですごく重要なことじゃないかなっていうふうには思ってます。
Q)子供さんたちが、自分の将来を考えてゆくときに、文学がいろんな選択肢を考えるための想像力を与えてくれたりする。そういう子供たちが考えるためのいろんな材料を、どう分かりやすく提供できるのか。
A)はい。1年ほどパリに留学していたとき、博物館に何度も訪れて、展示方法なども勉強したんですね。上智でも学芸員課程を履修している最中で、自分が享受した知識を、相手にどう伝えてゆけるかは大事かなと。
Q)子どもたちも含め、一般社会の人びとの想像力を豊かにしてゆくような仕事、文学研究でもできると思いますし、学芸員でも編集者でも、絵本を作るなどいろいろあるかと思いますが、自分にいちばん合ったあり方をまだまだ考えてゆきたいということなんでしょうね。ところで、いまは修士論文を書くためにいろいろな方向へ触手を広げていらっしゃるところだろうと思うのですが、修士へ進学されたときのように、まだまだ深みへ進んでゆきたい、研究を続けたいからドクターへ…という可能性もあるのでしょうか。山下さんの性格としてはいかがですか?
A)自分の性格としては、たくさん情報を集めて、分析するのがすごく性に合っていますね。それが悪く作用してまとまらなくなってしまうこともあるんですが、粘り強く納得ゆくまで調べ続けるっていうのは、文学研究以外でも、自分の性格のひとつかなと思ってるので。研究することは、すごくしっくりきていると思います。
Q)これまでお話をうかがってきまして、子どもへのまなざしにしても動物表象の問題にしても、何か近代的な個に対置されるような存在への注意というか、視線を深くお持ちなのかなという印象があります。そういえばフランス文学って、例えばコクトーの(正確には「子ども」といいきれませんが)『恐るべき子供たち』ですとか、映画でもトリュフォーの『大人はわかってくれない』ですとか、そういう子ども独特の世界というか、爛熟した大人の世界を動揺させ相対化させるような視点の提示が巧みだな、と想い出しました。日本でも、格差拡大や国籍の多様化を通じて、いま子どもたちの世界は激変していますよね。心も体も押し潰されそうな子どもたちがいるのに、大人たちはその現実を充分に把握できていない。フランス文学の研究は、そういうところに大きなヒントを提供できるのかもしれませんね。
A)学部2、3年のときに、上智の「アフリカに学ぶ」というプログラムに参加したんですね。でも、ちょうどコロナの時期だったので、実際に現地に足を運ぶことができず、Zoomを通じてブルキナファソの学生たちと交流したりとか、カメルーン大使館を訪問してお話をうかがう機会はあったんですけど。SNSとか間接的なものではなく、できれば現地へ足を運んで、実地に体験していろいろ考えてみたいと思っています。
Q)そうすると、青年海外協力隊のようなものも、選択肢に入ってくるのでしょうか?
A)はい、関心はありますね!
Q)4月からは、アフリカの7大学と提携した、大きなプログラムも始まりますし※3、いろいろな可能性がありますね。では最後に山下さんのほうから、研究や進学が将来の選択肢として考えられてもいないような大学生、高校生へ向けて、研究の素晴らしさを伝えるようなメッセージをいただけますか。
A)はい。文学作品は、ひとりでも読めるものですし、ひとりで娯楽として楽しむということもよさのひとつだと思うのですが、作品の社会的背景ですとか、作家の人生や生涯に触れつつ、学生どうしで意見交換しながら、多角的な視点で読み解いてゆくということは、現実の社会の人間関係のなかでも、すごく大切な経験になってくると思うんですね。研究を通じて、ひととひととの関わりを学んでゆくということは、とても意義深いことなのではないかと思います。
Q)文学って、何か机上の空論というか、閉じられた世界のように考える人がいますけど、コミュニケーション・ツールとしても非常に大切なものですよね。文学がコミュニティを作り、ぼくらを社会のなかへ開いてくれる。そういうところを大切にされているのですね。今日は、貴重なお話をありがとうございました。
A)ありがとうございました。
終始緊張気味だったが、最後にはリラックスした笑顔がのぞいた