【ドイツ文学専攻】先を行くひとに、恥ずかしくない自分でありたい。


田中李奈 さん

博士後期課程ドイツ文学専攻



クリスタルとしてのメフィストフェレス

Q)それではですね、まず最初に、田中さんが今やっていらっしゃる研究を、研究にまだあまり関心がないような一般の方々に、魅力的にアピールしていただけますか?
A)はい、分かりました。私が大きなテーマとして扱っているのが、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)の『ファウスト(Faust)』という作品の、メフィストフェレス(Mephistopheles)という悪魔のことなんです。とくにそのなかでも、いまは喜劇的側面、その悪魔の持ち合わせる悪い部分ではなくて、むしろコミカルでちょっと皮肉屋な、道化のような側面を扱っています。「ゲーテ」という詩人、「ファウスト」という作品の名前はすごく有名だと思うんですけど、『悲劇ファウスト』というのが正式な名前で、「悲劇」という名称が冠されているんですね。つまり、コミカルなといってもずっと明るいわけではなくて、なかには面白いところもありつつ、基本的には暗く、重たい雰囲気が続いている作品ではあるんです。けれどもそのなかで、悪魔メフィストフェレスというキャラクターの役割がいろいろな作用をもたらしていて、滑稽な場面なども担っているわけです。もともとメフィストフェレスの多様性や、多層性の問題を扱っていきたかったので、いまはそのなかでも、喜劇の側面に注目して扱っている感じです。
Q)いまのテーマに興味・関心が行き着いたのは、何か特別な契機や動機があるんでしょうか?
A)すごく単純な動機なんですけど、学部生のときが、ヴィランズ(villains;悪役)がすごく流行り始めたタイミングなんです。ディズニー・ヴィランズとかがちょうど流行りだして、「ヴィランズ」っていう言葉が、ハロウィンなんかのシーズンになると、私たちのなかでも一般的に使われるようになったタイミング。
Q)『僕のヒーローアカデミア』とかね。
A)そうですね。「ヴィランズってドイツ文学にもあるのかな?」って思いながら、読書はすごく好きだったんですけど、ドイツ文学はそこまで好きになれないでいた時期だったので、ちょうどそのとき『ファウスト』の第一部を必読書として読まされまして。どう面白く読もうかって思っていたときだったので、メフィストってキャラクターがすごく面白いってことに気づいて、ファウストが主人公の作品をメフィスト目線でずっと読んでみるという、ちょっと変わった読み方をして、自分なりの楽しさを見つけていたんです。その後、『ファウスト』からはしばらく離れていたんですが、交換留学にも行って帰ってきて、就活もやって、そろそろ卒論書かなきゃってなったとき、独文ではテーマ決定を3年の12月くらいにやらないといけないんですけど、何がいいかなってなったときに、そういえばあのときヴィランズとしてのメフィストがすごく好きだったから、『ファウスト』で1回書いてみようという風になって、卒論で扱ったのがきっかけです。そこからもう、ずっと続けています。
Q)悪役には、その時代や地域の課題、問題が、たぶん主人公以上に(主人公って感情移入の対象だから、大体空っぽの場合が多いですよね)、さまざま反映されてくると思うんですけれども、そういう意味での興味・関心もあったということでしょうかね。
A)おっしゃるとおりです。もうファウストにしてもメフィストにしても、これまでさまざま論じ尽くされていますから。ファウストは、先生がおっしゃるみたいな主人公ゆえの空っぽさとか、あるいはゲーテ自身の分身であるところとか。メフィストにもゲーテの一面が反映されていたり、コメンテーターとしての一面だったり。ゲーテ自身がかなりいたずらが好きな、ちょっと子供心のある人物でしたし、彼の仲の良かった皮肉屋の友人の一面が入っていたりとか。メフィストは主人公のファウストよりセリフが多いですし、複雑な構造を持つキャラクターになっていますね。
Q)確かにゲーテの時代批評の精神みたいなものは、メフィストの方へ反映されているというか、ほとんど近代の象徴のようにして現れてくる感じですよね。いまの時代、改めて読み直してみると、新自由主義の象徴みたいな印象もあります。そうすると、いまアクチュアルな課題として現れて来ることがらには、メフィストの影が大きく落ちているような気もします。そうすると、やはりいま、『ファウスト』は読みなおすべき価値が大きい作品に思いますね。やはり田中さんの視線も、現代を照射するものとして『ファウスト』へ注がれているわけなのでしょうか。
A)いまは、正直そこまでの余裕はまだないのですが、やはりどうしても興味があるところです。メフィストはいま先生がおっしゃったように、よく「近代の悪魔」といわれるのですが、経済学でメフィストの速さが話題になったり、お金を作りあげているシーンで貨幣を提案したりといったところで、政治・経済の点で取り上げられはするのですが、まだ充分深められている研究者はいないと思います。選挙がタイムリーでもあり、逃げずに引っ張り出して読まなきゃと思って、いろいろと見始めてはいるんですけど。ちょうどドイツのAfD(Alternative für Deutschland)とかがどんどん力を付け始めてしまっている状況からみても、いつかは関連づけていきたいなとは思っています。
Q)なるほど。メフィストがどこかでね、いまもほくそ笑んでいるんじゃないかっていう感じはしますよね。古典ってそういうふうに、時代の移り変わりのなかで、そのたびに新しい意味を、わたしたちに教えてくれているところがあるんでしょうね。先ほどのお話だと、『ファウスト』自体を研究対象にするようになったのは偶然に過ぎないようですが、取り組んでいるうちにやはりこれは出会うべき作品であったという、必然性みたいなものは感じられるようになりましたか?
A)ちょっと自分語りになってしまうんですけど、もともとわたしは、進学先にドイツ文学を選んだ理由が、当時アメリカで中高を卒業して、帰国子女の形で上智へ入って来たんですね。アメリカで一番最後に受けた英語の授業の先生が、古典が好きな、とくにドイツ文学がすごく好きなひとで、最後の授業だから何でも好きなものを読めばいいとおっしゃって、わたしたちに『魔の山(Der Zauberberg)』を勧めてきたんです。英語で『魔の山』なんて、何を言っているのかも全く分からないし、すごく頑張って読んだんですけど、当時は今ほど電子書籍とかもなかった時代だったので、日本語版も入手できず、本当に死ぬ思いをしながら読んだわけです。日本に帰国してから、答え合わせみたいな感じで日本語訳も買ったんですけど、まあ日本語で読んでも難しい。意味が分からなくて、何語で読んでも分からないんだと思って、もうそしたらドイツ語で読むしかないじゃないか、っていう結論に行き着いて(笑)。それでドイツ文学に進学をしたっていう経緯がありまして。でも、入ったら入ったで読まなきゃいけない他の本がたくさんありまして、ドイツ文学やってる方のなかでは、『魔の山』は大学院へ進学してから読むべきというか、高学年で読むものだってされていた本だったので、結局ずっと離れてはいたんですけど。『ファウスト』に取り組んでいるうちに、トーマス・マン(Paul Thomas Mann, 1875-1955)もファウストを書いてる(『ファウストゥス博士(Doktor Faustus)』)っていうことが途中で分かって。ああ、私の始まりはトーマス・マン『魔の山』だったけど、ここでもトーマス・マンがまた出てきた、それでまたトーマス・マンの息子のクラウス・マン(Klaus Mann, 1906-1949)も『メフィスト(Mephisto, Roman einer Karriere)』っていう作品を書いてて、もうどんどん変な繋がりというか、縁というかがすごくあって。で、そのクラウス・マンが『メフィスト』を書いてるときに、グリュントゲンス(Gustaf Gründgens, 1899-1963)という役者さんがメフィストフェレスを変わったやり方で演じたことがきっかけで、メフィストに対する研究が一気に盛りあがって、拡大したんです。それまでメフィストって、どうしてもその悲劇性を壊さないように、すごく重い雰囲気のまま演じられていたんですけど、グリュントゲンスがコミカルなピエロのような演じ方をして、イメージを一新してしまったんです。そこからメフィスト研究も少し活発化したという流れがあったので、わたしは勝手に繋がりというか、〈運命〉を感じつつやっているんです。
Q)文学研究、とくに古典研究はそうなのかもしれませんが、それを研究するなかで自分の核にあるものを再発見していく面がありますよね。そういった意味ではそこにトーマスマンとファウスト表象とか様々現れてくるっていうことなんでしょうかね。最近、ぼくも少し日本のサナトリウム文学を扱っていまして、『魔の山』はちゃんと扱わなきゃいけない、と思っているんです。あの作品のなかにも、ファウスト的な人物、メフィスト的な人物が出てきますよね。その2人は、物語における役割としては、割合に普遍的なのかもしれませんね。
A)先ほどグリュントゲンスの話を出しましたが、それ以降は、もう本当にこの『ファウスト』という作品を自由に扱っていいんだって気づいた人たちが、ファウストとメフィストを同一人物の裏表で扱うとか、本当に鏡越しで演技をしているとか、いろいろな上演の仕方が試みられているんですよね。たぶんそのファウストのなかにもメフィスト、メフィストのなかにもファウストがいて、同時にどちらもゲーテの分身であり、混合されている状態なんですね。だからこそメフィストがクリスタルみたいにいろいろな側面を持ち、同時にひとつに合わせているのかなとは、すごく感じるところなんです。

起源を追って、中世の宗教劇へ、悪魔表象の根源へ

Q)いまのお話が面白かったのでもう少し繋げていきたいんですが、メフィストって、以降の悪魔表象の典型のひとつを担っていくことになったと思うんです。先ほどの、陰鬱なイメージからちょっとトリックスター的なものに変わってくるとか。そういう姿って、例えばスティーブン・キングの『IT』のピエロ:ペニーワイズにも反映されているかもしれないし、恐怖と喜劇性の紙一重なところとも通じてくる。そういう面が発見されていくのは、もしかするとメフィストの読み直しの結果なのかもしれませんし、大きくいえば、サタン表象の系譜に連なるのかもしれない。そうすると文学研究の範疇だけにとどまらず、人類の思想のなかのものすごく大きな、例えば二項対立の歴史とかね、そういう心性史みたいなものの核の部分になってくるような気もするのですが、いかがでしょうか。
A)いまもう私は震えあがるほどびっくりしているんですけど、わたしのやっていることはおっしゃるとおりで、中世の宗教劇における悪魔のあり方の歴史を掘り下げていて、ファウストに関する文学の一連の系譜があるなかで、やっぱりゲーテの『ファウスト』はひとつの画期を作っていて、転換期なんですね。ファウスト作品って、もともとが伝説だったり民衆本だったりするなかで、ゲーテ自身もそれを受け継いでいながら、やっぱりここでメフィストフェレスという悪魔のあり方や多様性が、大きく変わっているんです。では、ゲーテはそれをどこから考え出したのか、それ以前との継承と断絶について調べようと思っていまして。とくにゲーテの時代は、フランス宮廷劇などの影響で、卑猥なものだったり滑稽なものだったり、メフィスト的な行為全般に批判が多い時代でもあったのですが、彼はあえてそういう、16世紀とか15世紀の中世の演劇、とくに民衆劇における、生臭さみたいなのを取り込もうとした。ゲーテは、『ファウスト』の前からその種のことをやってはいたんですが、喜劇に入れようとしていたところが、かなりメフィストにも強い影響を残しているんじゃないかと思って。ゲーテは、ファウストの人形劇を観ていたことも分かっているのですが、それが具体的にどういうものかはまだよく分かっていないんです。一応これであろう、というのはあるんですけど、ちゃんとは分かってないんですね。じゃあそれを実際に読んでみようと、それを引っ張り出して読んだりとか、その人形劇の系譜ってどこから来てるんだろうと調べてみると、中世の宗教劇においては、悪魔が滑稽に扱われていたことがあるんです。悪魔をそう扱うことで、キリスト教の偉大さ、カトリック教会の偉大さを強調していたんですね。滑稽な悪魔、敗北する悪魔っていうのは、その流れから来ているのかな、結局『ファウスト』の第2部でメフィストは敗北することになるので。滑稽な悪魔とメフィストには繋がりがあるようなんですが、ではファウスト劇を詳細にみていくとどうかとか、いまその辺りにいろいろ手を出しまして、メフィストの原型などがどこにあるのか、調べているところなんです。
Q)いまお話を伺っていてなるほどと思ったんですが、『ファウスト』には冥界訪問譚的な要素もありますよね。その種の物語は世界中にありますが、主人公を連れて行く導き手は聖霊であったり獄卒であったり、さまざまです。メフィストもそうだとすれば、教学的な純粋な悪魔というより、やはり民間信仰的な両義的な存在なのだろうと。そうするといよいよこれは、ヨーロッパだけの問題ではなくて、文明史的な課題なんだなと。
A)どんどん広くなってしまって、どうしようってところではあるんですけど(笑)。ゲーテ自身もオリエンタルの文化への興味がすごく強かったようで、とくに『ファウスト』っていう作品自体、彼は60年近くかけて書いていて、当初の『ウアファウスト(Urfaust, 原ファウスト)』、20代の頃に書いたファウストだと、そういう難しいことが一切なくて、本当に単純明快なストーリーなんですけど。それがどんどん歳をとるにつれて、もう60代くらい、58歳とか59歳とか、それぐらいのときに『ファウスト』第1部ができて、第2部は82歳で完成して、翌年83歳で亡くなっているんですね。彼自身は、キリスト教徒でありつつキリスト教徒ではないというか、もう自分の宗教をかなり独特に捉えていたひとではあったのですが、聖書には誰よりも詳しかっといわれています。神父や牧師より詳しい。 だけどその一方で、スピノザ的な考え方を入れたりとか、反神論などをかなり支持していたひとでもあって、もう自分なりの神話を作りあげられてしまう、天地創造を作りあげるくらい、もう彼のなかでの独自の世界観が強かったひとなので。それがたぶん、メフィストがただ単にキリスト教の悪魔というか、いわゆるわたしたちがイメージするような悪魔とはかなり違う存在になっていったのは、必然だったのだろうなと。

ファウストは、先生にすごく似ている

Q)そう考えてみると、ゲーテの人生がそこに反映されている、っていうことなんでしょうかね。田中さんのほうでは、ゲーテや『ファウスト』が、自分のアイデンティティの問題に触れてくる、ということはありますか?
A)全然学術的なことではないのですが、わたしは怠惰な人間なので、『ファウスト』でさえソファーでゆっくりして読んでいたりするんですけど。「怠惰な人生を歩んだら僕は破滅する」っていうファウストのセリフを、ちょっと背筋伸ばして読んだりとか(笑)。そう考えると、わたしにとって、『ファウスト』ってどうしても先生なんですよね。ここは使っていただけるか分からないんですが(笑)、うちの指導教員が、すごくファウストに似てると思っているんですね。具体的などれそれがというより、中井先生をみていると、知識を学ぶということに一切の余念がないというか、何かを知るという行為を当たり前のことのようにされていて、まさに息をするように勉強されている先生だと思っていて。わたしが美化しているだけかもしれないですが、印象的なエピソードがひとつあるんですね。大学院に進学しようとさえも思っていなかった学部2年生のときに、ドイツ文学の必修の授業のなかで、発表を必ずしなきゃいけないっていうのがあって。卒論の中間発表に向けた一種の練習のような授業だったんですけど、文学が少しでも関係していれば何をテーマに選んでもよかったので、本当にもうみんなバラバラで、サッカーが好きなひとはサッカーに関する本を持ってきてやったりとか、ファッションが好きなひとはファッションに関する本を持ってきてやったりとか、いろいろな時代のことをランダムにやっていて。ニーベルンゲンをやるひともいれば、ウェルテルをやるひともいれば、グリムもやるひともいる。そういう王道なところのドイツ文学については、もちろん先生も知識があるわけですけど、そうじゃないサッカーだったりとかファッションだったりとか、先生が必ずコメントをしてくださるんですけど。1回の授業で50人のうち4人ずつが発表をするんですが、毎回、来週はこの誰それがこういうテーマでやりますっていうのを前置きして、先生が週末にレジュメの確認をちょっとされて、授業が2、3日後にあるっていうパターンなんですね。「じゃあ皆さん送ってくださいね、僕はあんまり詳しくないから、むしろ教えてください」っていうふうに仰って、授業が終わるわけです。でもその、週末のみんなのレジュメへのフィードバックが、震えるぐらい詳しいんですよ。みんなが読み切ってない本とかも、先生は読んでたりとか。学部生なのでちょっとずるくて、最初の数ページだけ読んで書いたりとかしてるんですけど、絶対読んでないと分からない真ん中のところのページから指摘があったりとか、っていうことが結構ありまして。で、実際に発表のときになると、それがさらにグレードアップした状態で、いろんな指摘が返ってくるっていうことがあって。もう全員でこう震えあがって、いつ勉強してるんだろうみたいな。学部のときは、先生たちってそういうのが仕事だからとか、結構適当に思ってたりとかしてたんですけど、実際自分がドクターにまで進学してきて、だんだん自分も教える側の立場になって、1コマ・2コマでも死に物狂いでやっている。それも語学の授業で死ぬ思いで準備しているのに、あそこまでやってたこの先生は本当にヤバいひとだって思うくらい。一体どこに時間があって、そんな本を読んでいたんだろうって思うくらい。映画も見ましたとか。この映画見たんですけど、ここはこうで、このひとのこの映画のここの評論みましたか、とかっていうふうに仰っていた、あれは一体何なんだったろうと…。すみません話戻るんですけど、『ファウスト』を読みながら、ファウストが無限に知識を求めて、無限に何かをやろうとしている、もう安楽椅子に座れない状況ってまさにそれじゃないかと思って…っていうので、ファウストは先生なんですもう、わたしにとって。ごめんなさい、長くなっちゃった。
Q)師弟愛…。いやいや、中井先生とはいろんな会議で同席することが多いんですが、いつも前もっていろいろな資料に当たってきていらっしゃるし、質問も納得がいくまで細かくされますからね。何ごとにもそうなんでしょうね。
A)本当にあの、もうたまに「もういいのに」って思っちゃうくらいのときが。すごく生意気なことですけど。修論の中間報告なんかでも、誰よりも一生懸命聞いていらっしゃるんですよね。本当にもう、わたしが怒りを覚えるぐらいに準備ができてない発表とかもあるんですけど、そんな報告も誰よりも一生懸命聞いていらっしゃって、他のひとはたぶん全員飽きてるのに、中井先生ひとりだけ目がキラッキラで、何かもう楽しくて仕方ないというか、早く質問したくて仕方ないという感じなので。一生真似できないって思いながら、もう一方でできない憧れもありますよね。最近はときどき、指導を受けている院生がわたししかいないので、「ちょっと疲れてて」とか「ちょっと忙しくて大変で」とかっていってくださるんですけど、先生はそれも愚痴だと思っているみたいで、「ごめんなさい、ちょっと愚痴ってしまいました」ってなってるんですけど、全然愚痴でもなんでもないですよね。本当にすごい先生です。
Q)そういうひとが師匠だと大変ですね、怠けられないからね(笑)。
A)でも本当にすごい、私がもともと怠け癖のある人間なので、むしろ先生から来るメールで、ヤバいヤバいと思いながら準備を始めたりとか、結構追い込むことができるって自分の性格も分かっているので。そういう点でも、すごく私にとってありがたい先生です。
話し出すと止まらない、さすがの会話力。

超えられないけど、追いかけたい

Q)なるほどね。ちょうど、田中さんの学問的なアイデンティティの方向に話が進んできたんですが、大学院進学の話を伺う前に、語学留学のことを。ソウル大学に行かれてますよね? それはどういう関心で?
A)ソウル大学はですね、わたしは母親が韓国人で、ハーフなんです。それで、一度も韓国に住んだことがなかったので、一度生活してみたいなってすごく思っていて。中高アメリカで生活していたときに、韓国人が周りに多くいた状況ではあったので、韓国語がすごく流暢になって、日本に帰ってきて怒られたんですけど(笑)。それもあって、韓国っていう国に対する興味はもちろん、母がいた国で一度は住んでみたいって思っていたので。
Q)どこかで、オリジンを探っていくというか?
A)それも多分あったんだと思います。その当時はそこまで深く考えずに、とにかく1回韓国で住みたいっていう軽い気持ちだったんですけど、自分の母がどんな環境で育ったのかは、やっぱり知りたいとは思っていたので。
Q)なるほど。そもそもが多言語的な環境というか、多和田葉子的な姿勢だったんですかね。
A)当時ソウル大学でお世話になっていた先生が、ちょうどメフィストに関して論文を書かれたりもしていたので。わたしが受けた授業は、「カフカにおける女性観」というタイトルだったんですけど、ほとんどゼミでしたので、先生が教えてくださるっていうよりは、学生たちがどんどん議論しあうタイプの。学部の授業だったんですけど、そこで得た考え方とか、学んだことっていうのは、やっぱりわたしにとってすごく新しくて。韓国からドイツという繋がりは、そこにある気がします。
Q)そうなんですね。いまカフカ(Franz Kafka, 1883-1924)って伺って、そういえばパク・チャヌクの映画ってカフカ的だよなとか、ふと思ったりしたんですけど。韓国とドイツ文学って、何か通じるところがあるんですかね。
A)韓国人、カフカ好きだと思います。カフカとかヘッセ(Hermann Hesse, 1877-1962)とか大好きですね。それこそ、BTSがすごく流行るきっかけになった「花様年華」とか、ミュージック・ビデオとかみてみると、もうどこからどうみても、ヘッセの『デミアン(Demian: Die Geschichte von Emil Sinclairs Jugend)』なんですね。もう『デミアン』の一節を読んでたりとか、Kポップとか韓流ドラマとかでも、ドイツ文学にルーツがあるところが多いんですよ。相性がいいのかなとか、ちょっと思ったり。日本だとあんまりファウストとかがドラマ化されることはありませんけど、韓国だと1回、トーマス・マンの『ファウスト』がドラマ化されているんですね、あまり人気はなかったみたいですけど。でも、メフィストっていう作品を女性が演じて、ミュージカル界隈で出てきたりとか。韓国の芸能界とドイツ文学は、切っても切れない関係にある感じですね。
Q)日本にいるからでしょうけど、韓国とドイツの比較は新鮮に感じますね。そういう多文化的な視点が、ドイツ文学を読むオリジナリティになっているのでしょうね。ところでいま、韓国での経験が院への進学のきっかけになったとお話しされていましたが、一般の認識からすると、文系の院への進学って勇気のいるところだと思うんですよね。そのあたり、もう少し具体的にうかがえますか?
A)韓国の学生たちが、大学院への進学を当然のように考えていた、ということがひとつでしょうか。たぶんソウル大学だったということも大きいのでしょうが、逆になぜ大学院に進学しないの?とか、ダブルメジャーが普通だったりとか。文学をやりつつ経済学をやっているとか、それがむしろ普通だっていう学生たちがすごく多かったですし。院進が、日本にいるときほど変なことではなかったんですよ。わたしの韓国人の親戚も、大学院を出ているひとがほとんどでしたし。当然うちの母もそういう考え方でしたので、まあ修士までは取っておきたいよねっていう話はされていて。けれどもわたしはその後、帰国して就活の波に流されてしまったので、周りが「就活がんばらなきゃ」「なんでやってないの?」「早くエントリーしないと、一緒にエントリーしよう!」って、流されるままエントリーをし、就活を始め…っていうところで自己分析をやりながら。分析するのは多分もともと好きなタイプだったので、自己分析そのものがすごく楽しくて、むしろなんかそういう意味でちゃっちゃか進めることあできて、就活が割とうまくいってしまったんですね(笑)。ドイツ系の車の会社に内定もいただいたりして、外資系企業だからか、日本の会社みたいにテストというより、面接や自分語りが評価されて。ちょうど韓国でそういうことをたくさんやって、帰ってきたタイミングでもあったので、できてしまったというか。で、まあいろいろ終わって、夏前には就活もすべて終わって、もうやることもないし旅行しようかと思って、久々にアメリカに戻ったりとかして。けれども海外の親戚のところを回っていると、みんなそこで院進しているわけですよ。みんなお勉強してて、みんな研究して分析してっていうのをやっていて。それをみたときに、なんでわたし院進を考えなかったんだろう、なんであんな流れるように就活してしまったんだろうって、ふと気づいてしまって。で、最初はそのままもう就活して、ある程度お金を貯めてから大学院に行こうって思っていたんですけど、 いまちょうどカナダにいる親戚が、神学部で牧師になるために勉強をしていて、もう死に物狂いで。もともとサラリーマンを経験してから牧師になることを目指したので、死に物狂いで勉強をしていて、そこで「1歳でも早く、若いときに勉強した方がいい」っていわれたのが、なんかものすごく響いて。それでもう泣いて決定、「じゃあ進学します!」っていって(笑)、残ったというのが一応。もう後悔する前に行っちゃおうと思って、親をどうにかこうにか説得して、院進してめっちゃバイトするから行かせてほしいっていって。勉強時間が減るのは嫌だったので、TAとか学内でできるだけのバイトをやりまくって、どうにか院進させてもらって。それが修士のときです。
2回目の、博士の院進のときはコロナだったので、もうずっとオンデマンドで、オンラインで、やり切れていない感がどうしてもあったんですね。でも、オンライン授業ってわたしには合っていて、イヤホン越しにダイレクトに先生方の指摘が入ってくるじゃないですか。より集中できるんですよね、家庭教師以上の家庭教師みたいな。もうイヤホンつけたらそこに先生がいる、みたいな状況で勉強を始めたので、ASMR(autonomous sensory meridian response)みたいな感じでずっと聞いてる状態だったので、洗脳ですよね、もう続ける以外の選択肢がなくて。そしたら、なんだかんだここまで来てしまった。
Q)なるほど。最初の進学のときに、狭い日本の「常識」を客観化できる材料がたくさんあったということですかね。特殊な日本を、当たり前とは思わなかったのが大事なんでしょう。
A)あ、でも新飼さん1(新飼早樹子氏)の影響も絶対あります。
Q)あ、そうですか。それは一応、教え子の話として(笑)、伺っておきたいです。
A)新飼さん、わたし本当に衝撃だったんですよ。ソウル大学で初めて、木村先生っていう第二外国語を担当されている先生に、誰も知らない状況だったので紹介していただいて。でも本当にめげそうになったタイミングで連絡したら、あんな忙しいスケジュールのなかで時間を空けてくださって、いつもご飯に呼んでくださったんですけど。わたし、その頃CiNiiを知らなかったんですよ(笑)。学部3年生だったんですけど、2年生のときまでは書籍で調べるっていうところをやっていて。論文が検索できるっていうことは教わっているはずなのに、あんまりよく理解してなくて、使ってなかったので、分かっていなくて。レポートか何かの書き方が分からなくて連絡をしたと思うんですが、「CiNii知らないの?」ってすごく怒られたんです。怒られたっていうか、驚かれた(笑)。で、Google ScholarとCiNiiの使い方を教わって、研究はこうやってやるんだよっていうイロハを、初めて教わったのがそのときだったんですよ。ダイレクトに図書館に連れていってくださって、ここでこうやって検索するんだよ、韓国語の論文はここでこうやってやるんだよって、全部教えてくださって。なんかもう、すごい、これが大学の授業なんだっていうことを、そのときに初めて私は学んで。ちょうど同時進行で、韓国の学生たちはもうそんなのは1、2年でやってるから。もう1段上のレベルの、もう全然関係ない昔の哲学書とか持ってきて、 ここと似てる描写があるから比較してみましたとか、バンバンやれちゃう、できちゃうのを目の当たりにして、どんどんこう、研究ってこういうことなんだというか、どんどん分かっていくことにはなってくるんですけど。ですから、きっかけはもう本当にあのときの新飼さんなんです。韓国人の先輩のいいところは、誰よりも親身になってくれる。日本の先輩ももちろん優しいんですが、距離感が違うんですね。そういう意味で新飼さんは、どちらかというと韓国のお姉ちゃんっていう距離感なんですね。
Q)新飼さんは日本に帰ってくると、異国にいる気がするっていってますからね。
A)わたしも、いつ帰るんですか韓国にっていっちゃいました(笑)。 なので、わたしのなかでは絶対追い着けないだろうなっていう二重の柱みたいなもの、それが新飼さんとうちの中井先生、というのはたぶんあります。新飼さんも気持ち悪いぐらい努力をするタイプで、 あるときチャットで連絡すると、いま中国語の試験を急にやらなきゃいけなくなってるから、辞書を片っ端から覚えてるんだって、名詞以外はとりあえず全部頭に叩き込んでるっていう話で。その前には韓国語を覚えるために、コンパクト辞書を頭に叩き込んでいるっていっていたので、何やってるんだろうこの先輩って。超えられないけど追いかけたい、中井先生とちょっと系統が似てるんですよね、わたしのなかでは。
Q)中井先生と新飼さんのハイブリッドとして。
A)いやもう、ふたりに恥ずかしくないように生きていかなきゃいけないじゃないですか。アドバイスをくださる分やっぱりその分はお返しをしなきゃいけないなと思って。中井先生は2週間に1回とか読書会をやってくださるので、もう全部バレてるんですけど、新飼さんには1年に1回くらいしか会えないので。必ずいい報告を持っていけるようにストック貯めて、相談もしたいことが山積みだけど報告してから相談みたいな。これはやりましたよ先輩!っていうのは、いえるようにはしたいなと思って。
Q)師の力は大きいなあ!

ああ分かったって顔が、すごく好きで

Q)さて、いまはもう博士後期に進学されているので、具体的に将来をどうするのか、いろいろ考えなきゃいけない時期になっているかと思うんですけど、具体的に何かあるでしょうか?
A)まず最初に博士論文を書かなければ、というのがいちばんのところですね。来年も一応在籍するこを決めたので、博士5年生までは残ることにしたんですけど、そのあと3年の猶予で書かなきゃいけないので。あと4年のうちに博士論文を早く準備して、中井先生が納得してくれないと始まらないので(笑)、中井先生を満足させられる「やつ」を準備しなければっていうのが、一番の難関だなと思っています…というのが、いちばん近いところの未来。
Q)中井先生は、直接の教え子で、ドクターって出していらっしゃいましたっけ?
A)いないです、私が初めてで。ゲーテがあまり人気がないので、この後どうなるか分からないんですけど。もうここ数年はわたしがメインで。責任が大きいと思いながら、でも本当に、独文界隈でどこに行っても、「指導教員は上智の中井先生です」っていうと、「あの先生のもとで書くんだったらもう何の問題もない」っていう、もう絶対の信頼みたいな、「安心」「安全」「信頼」みたいなのが、業界ではすごい先生なので(笑)、もう本当にちゃんとしないとっていうところが、いまいちばんの大きな目標ではありつつ。それから、ドイツ語教員としてのあり方も、最近先輩たちとかをみていて、いろいろ始めなきゃなと思ってるので。ドイツ語教員養成講座っていうのを、独文学会でやっていたんですけど、そういうのもちょっと参加したりとか。もともと外国語をいくつか話すので、外国語教育にもすごく興味はあったので、やらなきゃいけない。将来のいちばん大きな夢は「教授になりたい」、それが目標なんですけど。そうなるためのステップとして、必ず第二外国語のドイツ語の授業とかって教えなきゃいけないときに、それを嫌々やるとか適当にやるよりは、もう楽しんでやりたいと思って。学生たちと話すのがすごく好きなので、それもあって、このなかで1人でもドイツ文学に興味を持ってくれたらいいなって思いつつ、どうやったらじゃあうまくいくんだろうとか、何がいい方法なんだろうって考えたりしながら、いろいろな新しいことをチャレンジして、共有していけるひとにはなりたいなと思っています。
Q)ボランティアでも、ドイツ語の教育とか、なさっているんでしたね?
A)はい、市民講座などで。浦安市でもやったりとか、今年1年ボランティアでずっとやっていて、来年からは講座に立ちあげませんか?ということで、講座にできることになったんですけど。外国語を教えているときに生徒さんから、「ここ似てるんですね」とか、「ここってこうなんですね」とか、逆に「この言語だとこうですけど、ここ違うんですね」とか、ああ分かったって、顔がすごく好きで。面白そうに、「パズルみたいですね」っていうドイツ語の気づきに、学んでいるひとたちがたどり着いてくれるのが、すごく好きなんですね。なのでそこを、もっといろいろ教えていきたいなと思っています。
Q)上智でも地球市民講座とか、今後語学も拡充していくと思うんですが、できればやってみたいですか?
A)そうですね。やっぱり上智大学でずっと学んできているので、いろいろなイベントや、そういう講座をやっているのをみるたびに、 いつかはそこに立てるひとになりたいなっていう気持ちはずっとあって、そういう人間に早くならなきゃと思っています。
Q)さて、1時間ずっとお話を伺ってきましたが、ドイツをどう思っていらっしゃるかは、充分お訊ねしていませんでした。最後にドイツとの関わりというか、その辺りはいかがでしょう。
A)実はわたし、ドイツに行ったのが最近のことすぎて、あんまり過去のこととしては出てこなくて、言及できなかったところがあるんですけど。もともと学部では韓国に留学して、修士では行くはずだったケルン大学がコロナでいけなくなって、そのあと博士で、やっと念願叶って、初めてのドイツ、初めてのヨーロッパだったんです。フライブルク大学へ行きました。またこのフライブルクも、フランスとスイスとドイツの、3国の国境にある街なので、すごく多文化に溢れている。フランス語も通じるし、ドイツ語も通じるし、ちょっとスイスの方言もあるしっていう、ごちゃごちゃしている状況でいたので。それほどドイツっぽくない、そこで1年間学んで。フライブルク大学は、文学や哲学に強いところなので、最先端のニーチェ研究の話を聞けたりとか、どちらかというとゲーテが強いというよりは、ゲーテ時代からロマン派にかけてのところを専門にされている先生のもとで勉強していて。『ファウスト』という作品の詳細よりは、その外観や背景、この時代ってこういうものがあって、こういう流れで…ということを、もう一度見直していったりとか。あとは、文学研究の最新のあり方、理論や方法論に触れました。日本のドイツ文学の雰囲気、とくに上智はその傾向が強い気がするんですけど、けっこうテクスト中心主義なんですね。でもフライブルクだと、むしろAIを積極的に使ってみようとか、デジタルで計算をしてみよう、いくつのワードが使われてるから、なぜこのワードが重要なのかをAIに計算させるとか、そういう新しい方法を試している先生がいらっしゃったりとか。
Q)N-gram 分析とかね。
A)そうです。文学って、テクストを逐語的に読解していくだけじゃなくて、こういう方法もあるんだ、でもわたしはやっぱりテクストを読みたい派なのかな、合っているのかなって気づく場所でもありました。あとは、文学理論がどれほど大事なのか。あちらの先生には、「いま君が書いてる論文って、こういうテクスト論で書いてるけど、これをじゃあ脱テクスト論として論じたらどうなるか、次までに考えてきて」とかっていわれたりしまして、脱テクスト論を調べまくるみたいな。
Q)確かに、日本も理論はやってはいるけど、むしろ実証主義的に流れていくっていうんでしょうかね。非常に伝統的な形での、自分と文学との対話みたいなところに流れていくっていうか。そういう傾向が非常に強いので、認識論が自覚されていない部分がありますよね。田中さんはドイツで学んで、そのあたりを意識し、自分にとって最適な方法・理論を選択できるようになったと。
A)あとはもうドイツ(フライブルク)というと、フランスより環境都市、グリーンシティっていうのが強いところではあったので。トラム(路面電車)とか自転車とか、みんな自転車で通勤・通学することが当然っていう、ああいう雰囲気はすごく新しい部分でしたし。ちょうどSDGsが日本で普及し始めたタイミングだったのもあって、日本に帰ってきてからもいろいろ考えるきっかけになりました。
Q)今日お話を伺っていて、外国文学をやっていらっしゃる方って、ずっとドイツならドイツ、フランスならフランスの文化に埋没して、そのなかでアイデンティティを形成された方なのかなとかって思っていたんですが。田中さんの場合は、複数の軸足があって、それぞれに完全に埋没するわけではなく、それぞれの軸足がお互いを相対化し客観化し、魅力であったり問題であったりを認識させている。そのすべてが自分を再構成するための、自分が世界と向きあうための、糧になっているところが、すごく新しい世代の研究者のあり方だなと感心しました。あまりそちらへ持っていかなくてもいいのですが、ある意味では上智的というか。
A)でも、そうなりたいなとは思います。自分が就活するときの軸足にしていたのが、グローバルな人材になりたい。一箇所に留まらない会社がいいということは、ずっと思っていた部分でもあって。自己分析をして辿り着いたところが、もう世界中飛び回りたいなっていうところだったので、多分それはいまの自分にもずっとあるのかなと思います。
Q)でもそういう意味では、上智じゃなくてもよかったんじゃないですか。
A)確かに、それこそいろいろな大学をみましたし、当時日本の大学だけじゃなくて、アメリカの大学とか、カナダの大学とか、ドイツの大学とか、いろいろ確認したんですけど、そこはわたし、怠惰なので。安全な道を行くひとなので。
Q)上智の居心地がよかったっていうことなんですかね。
A)そうですね。その当時の先生が好きだったっていうのもありますね。当時、高橋明彦先生が、わたしの卒論の指導教員だったので、 ずっと先生に、「そんなに研究好きなら残ればいいじゃん」といわれていまして。高橋先生はもともと怖い先生だったらしいのですが、わたしたちの頃にはもう、優しくて軽い先生になっていらっしゃって(笑)。「仏の高橋」って呼ばれていたくらいだったので。わたしもそれでそのまま、騙されたかのように残ってしまって、そしたら先生は定年でお辞めになってしまって。そのあと中井先生に引き継がれたのですが、先生もそのときはわたしのことをよくご存知なかったので(笑)、なんかちょっと騙されたかもしれないです。そうして否応なく上智に在籍したんですけど、修士に上がってからは、中井先生も当然のように、このまま上智に残るものだと思っていらっしゃって、結果としてそのままに…。
Q)いえいえ、ひととの繋がりを大事にされてきたってことではないでしょうか。先ほども、中井先生と新飼さんに恥ずかしくないようにって仰っていましたけど、前を行くひとたちとの関係が、田中さんの学問を作ってきたということなんでしょうね。
グローバルな語学力、トランスナショナルな価値観、そして伝統的なものへの拘りが、新たなものの見方を生み出す

東アジアおけるメフィスト表象

Q)すみません、最後に蛇足のようになってしまうのですが、『ファウスト』って日本のサブカルチャーにも非常に大きな影響を与えてますよね。水木しげるもメフィストを描いているし、手塚治虫は最後に『ネオ・ファウスト』を描いている。そのあたりは分析したいと思われませんか?
A)そうですね、とくに手塚治虫作品は、メフィストを女性として描いていますよね。なんていうんでしょう、日本人らしい「距離の近さ」みたいなものが出ている気がします。他の海外のマンガ的作品では、どうしてもファウストもメフィストも、重たくなっちゃうんですよね。他にも日本では、近年の『青のエクソシスト』とか、メフィストってキャラが出てくるんですけど、絶対原作読んでいないだろうなという描き方で。それでも、どこかにゲーテのメフィスト像と、重なってくるところはあるんですよね。あと『FGO(Fate Grand Order)』とかにも、よくドイツ人に「メフィスト出てるよね」っていわれるんですけど、新しいキャラクターなんだけれどもゲーテのメフィスト像を嗣いでいる、そういう作り方が、ドイツ人にとっては新しいみたいで。ドイツ人は高校で『ファウスト』を読まなきゃいけない場合も多いので、日本では原作をちゃんと知らないからできるのかなと、結構話題になったりします。いつかそういう、日本のサブカルのメフィスト表象も研究してみたいんですけど、将来的には。韓国で受容されるメフィストはまた違って、もうちょっと政治的な要素が強かったりするので、その辺りの東アジアにおけるメフィスト受容なんて面白いんじゃないかって。いつできるか分からないですけど。
Q)その本はぜひ読みたいですね。今日本当にいろいろ勉強させていただきました。長い時間ありがとうございました。
A)ありがとうございました。
  1. ……2014年度、上智大学大学院文学研究科史学専攻博士前期課程修了、ソウル大学で博士の学位を取得、現神奈川大学国際日本学部助教。こちらを参照。 ↩︎