【国文学専攻】「1000年経っても、鳥肌が立つ言葉」 に出会える。

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大友あかり さん

博士後期課程国文学専攻



古典の言葉は、どうしてこんなに美しいんだろう

Q)まず、大友さんのご研究の魅力を、一般の方へアピールしていただけますか。
A)『夜の寝覚』という作品の読解に取り組んでいます。これは、『源氏物語』以降に作られた物語なのですが、『源氏』の模倣に過ぎない作品だ、という評価をされていた時代もあったんです。でももちろん、『狭衣物語』や『浜松中納言物語』、そして『夜の寝覚』といった平安後期の作品には、実際はそれぞれ独自の面白さがある。そのなかで、『夜の寝覚』が『源氏』を受け取りつつも、どういう独自の言葉や表現を使って新しい物語を作っていこうとしたのか、というところに面白さを感じて。いまその言葉の世界に注目して、作品の独自性を探る研究をしています。
Q)大友さんの歴史のなかで、古典文学を学びたいと思われたのは、いつの頃なんでしょう?
A)すごく遡ると、小学校2年生のときですね。担任の先生が、国語教育にすごく力を入れている方で。百人一首を覚えさせてくれたんですね。最初は文法も何も分からないので、暗記をするだけだったのですが、ある日、母に買ってもらった百人一首の小学生向けの解説書で、初めて現代語訳をみたときに、「あれっ、なんかすごいキレイなんじゃないか」って思って。それから、よく分からないけど、日本の古典文学ってすごく美しい言葉だな、と思ってまして。その感覚が、ずっと高校になるくらいまで続いていて。なんでこんなに美しく感じるんだろう、どうしてこんなに美しい表現を用いるのか、どのように表現しようとしているのか…というところに興味を持って、勉強してきました。
Q)これまで何人かの院生さんの話を伺ってきて、小・中・高の先生の影響は大きいのだとあらためて思ったのですが、やっぱりいい先生でしたか?
A)そうですね、すごくいい先生に出会えたと思っています。
Q)そして、物語としての内容より、まず先に言葉の美しさなんですね。
A)小さい頃から本は好きで、自分でお話を書くのも好きだったので、そういう意味での物語の関心と、古典の言葉への関心が、いま合致しているのかもしれないですね。
Q)確かに、上智の国文学科は、物語の解釈より、テクストに使用されている字句や語法、表現を重視して研究されている先生方が多いですよね。そういう意味では、大友さんの関心とうまく合致していたのでしょうかね。
A)はい。
Q)そのあたりのことは、意識して入ってこられたんですか?
A)そうですね、上智の学部を選ぶときに、もともと他の大学でも日本文学科しかみてこなかったんですが、古典の教育をすごく大事にしているな、という印象がありまして。古典を堅実に学ぶことができる大学だな、と感じたんです。その古典のうえに、国語学や漢文学、近代文学を学べる。それがすごくいいな、と思って入りました。
Q)すごいアピール(笑)。では、かなり意識的に上智を選ばれたんですね。実際に入ってみていかがでしたか。
A)あ、ほんとに、いい大学だなというふうに(笑)。
Q)いやいや、批判的に仰ってくださっていいんですよ!
A)いえいえ(笑)、これは本当に思っていまして。とくに、先生方おひとりおひとりが、本当に丁寧に教えてくださるので。
Q)なるほど、個性的ですばらしい先生方がいらっしゃいますからね(笑)。
A)(笑)

心理を精緻に描き出すために、どんな言葉が用いられるか

Q)話を戻しますが、そうして大友さんにとってすばらしい環境で古典を学ばれるなかで、『夜の寝覚』に注目されたのは、やはり卒業論文のときだったんでしょうか?
A)そうですね、きっかけは卒業論文でしたが、卒論でとりあげたのは『更級日記』だったんです。卒論を終えて修士課程に入った段階では、菅原孝標女が物語を書いたか否かにすごく興味がありまして。『浜松中納言物語』と『夜の寝覚』が同一作者か否かという研究を本当はやりたかったんですけど、ちょっとまだ難しいということで。まずは『寝覚』をきちんと読んでみよう、ということで『寝覚』の研究をスタートしたんです。
Q)なるほど。『寝覚』の作者が孝標女かどうかは、大命題ですもんね。最終的にはそこへアプローチしたいということなんですね。
A)できれば…考えてみたいところです。
Q)もともと、孝標女には関心をお持ちだったんですか?
A)もともとテーマを選ぶときは、日記文学をやりたくって。最初は『蜻蛉日記』をやろうとしたんですが、ちょっとわたしの気持ちが入り込まなくって。そこで、本廣先生1から『更級日記』を勧めていただいたら、バチッとはまったというか、すごく面白くて。
Q)確かに、いま伺ってきた大友さんの「歴史」は、孝標女にとても重なりますね。
A)そうですね(笑)、千葉出身だったりしまして2、親近感はありますね。
Q)『更級日記』を読まれることは、孝標女がどのような人物だったのかを考える、ということとも繋がるんでしょうか。
A)『更級日記』の面白いところは、物語をどう捉えているかに収斂されると思うんですが、孝標女が作家だったかどうかは、『更級日記』の読み自体を大きく変えるのではないかと。
Q)なるほど! ではやはり、『更級日記』の読みを深めてゆくために、『夜の寝覚』や『浜松中納言』に対峙されていると。
A)そうですね、でも実はいま、『夜の寝覚』が思いのほか面白くて。いま、そちらを軸にした研究になっています。
Q)『寝覚』のほうは、どこに面白さを感じられたんでしょう。ご自分のなかで、何か響くものがあったのでしょうか。
A)『寝覚』は、先行研究でも、女主人公の心理描写がすごく緻密だというところが、高く評価されているんですね。実際わたしも読んでいて、ほかの平安文学にはない心理の突き詰め方というか、辿り方をしているところがすごく面白いなあと思っていて。現代の恋愛小説にも通じる心理描写なんですね。そこにある意味、いちばん共感したんですかね…。
Q)そういう意味では、日記文学に近いところがあるのかもしれませんね。
A)ああ、そうかもしれませんね。
Q)内面の心理描写が綴られてゆくことに、さきほどの、「言葉の美しさ」が関わってくるんでしょうか。
A)そうですね! 「美しさ」かどうか分からないんですが、生々しい感情というか、リアルな感情を写し取るために、どういう言葉を使っていて、どういう展開を言葉で表現しているのか、というところが面白いと思っています。
Q)確かに、心理をどんな言葉、表現、文体で表すか、そういう書記言語をどう作ってゆくのかは、平安時代で深まっていったことなのでしょうね。『源氏』をひとつの画期として、そのあとどうなってゆくのか。われわれの言葉がどのようにできてゆくのか、言葉の歴史としても非常に重要な問題ですね。

「美しいものを美しいままに描き出せる表現を知りたい」

Q)いま、心理を表す言葉が生み出されてゆくという話が出ましたが、物語にも、そこに書かれている内容を通じて、初めてもやもやした自分が整理できる、「ここに書かれているのは自分のことだ!」と共感し、そこからあらためてアクションを起こしてゆくことができる。そんな機能があるように思います。1000年前の物語にも、そうした役割があり、そうした読者たち、そして書き手たちがいたと思うんですね。お話を伺っていると、大友さんのご研究も、そうした営みに繋がっているように感じられるのですが。
A)そうですね。古典に限らず文学には、その物語の面白さだけでなく、書かれている内容のなかに自分を発見する、感情を言葉として理解できるようになるという面もあると思いますね。古典の場合は、それが1000年前から連綿と続いているのがすごいわけですよね。1000年経っても、自分が「鳥肌が立つような言葉」に出会える瞬間がある。
Q)「鳥肌の立つ言葉」というのは、いい表現ですねえ。
A)(笑)
Q)大友さんにとっての古典は、幼いときから、大友さんにとって自分ではなかなか言葉にできないけれども大切なもの、形はないけれど大事なものを、きちんと表現として提示してくれるものだったのかもしれませんね。
A)もともと百人一首に出会ったときに、お話を書いたり詩を書いたりすることが好きだったんですが、和歌ってそれこそ詩的な表現じゃないですか。自然や事象を美しく表現する技法に、自分ではとても辿り着けないものがあって、それに対する憧れが強かったですね。「美しいものを美しいままに描き出せる表現を知りたい」という欲求が強くありました。そこが結びついているんでしょうかね。
Q)やっぱり「美しさの探求」、「それをありのままに描き出せる技術の探求」がキーワードなんですね。物語を好きなひとって、大まかに分けて、それをコミュニケーション・ツールとして利用するひとか、それを通じて真善美に迫ろうとするひと、向こう側に至ろうとするひとに分けられるかなと思うんですよ。大友さんは明らかに後者なんですね。
A)割と前者が苦手だった、ということはあると思うんですけど(笑)。
Q)みんながいうほど、コミュニケーションは必要だと思わないというか(笑)。後者を突き詰めるほうがよほど大事で。
A)そうですね!(大笑) 関心としてはどうしても。
Q)そうするとこれは、国文学科に来るべくして、来たひとなんでしょうね。
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上智大学国文学会発行の『国文学論集』を手に取る大友さん。院生たちも多く執筆。

研鑽の場としての大学院

Q)では、修士課程への進学も、自然ななりゆきだったんでしょうか。
A)あの、正直にいいますと、4年で卒業するつもりで、就活もしてたんです、8月まで。でも、いろいろ企業をみていたんですけど、何か、やりたいことではないなあ…という感じがずっとしていて。まったく納得感がなかったので。一方で、どうせ国文学科へ来たのだから、進学したい気持ちもあったんです。それで。
Q)では、就職の可能性も一応は検討したので、進学にはそれほど、不安や心配はなかった?
A)でもまあ、さすがに回りはみんな就職じゃないですか。ってなると、不安はもちろんありましたし。
Q)取り残された感、ありますよね。
A)ありますねえ(笑)、大丈夫かなあって。でも、やりたいことだったし、何よりやっていて面白いと感じることだったので、そこについての後悔はありませんでした。いまも厳しさは感じていますけど、頑張るしかないので。
Q)修士に入学されて、カリキュラムなどはいかがでしたか。割合に忙しかったかと思うんですが。
A)そうですね。学部と同じで、国語学、漢文学、近代、古文、どの分野でも単位が取れるようになっているので、やっぱり古典だけ集中してやるというのはできなくて。確かに忙しい、修論の研究ばかりしているわけにはゆかなかったです。
Q)そのときの基礎訓練は、博士課程まで来てみて、やはり必要なことだったとは思いますか?
A)それはもちろん! 必ず繋がってくることですので。漢文はもちろん古典の基礎ですし、国語学も…。わたしは修論で、『夜の寝覚』の文中にある「さりげなし」という言葉を追いかけたんですが3、語誌をみてゆくこともありますし、言葉を分析するために必要な勉強だったので。どれもまったく無駄ではなく、むしろ役にしか立たなかったです(笑)。必要な忙しさでしたね。
Q)本廣先生も、同じような方法論を使って研究をされていると思うんですが、どのようなことに気づくか、焦点を当てられるかに、研究者としての独自性が表れてきますよね。それは、それぞれの研究者の積み重ねの結果なんでしょうし。大友さんはその最中、ということですね。
A)そうなっていればいいな、と思います。
Q)国文学専攻のなかでも、いろいろな仲間たちが切磋琢磨していると思いますが、大友さんにとってはどういう環境でしょうか?
A)だいたい院生は研究室(院生室)に集まっているんですが、居心地はよくて。専門外の演習の報告準備などで分からないところがあれば、いろいろな分野を学んでいる院生がいるのですぐ質問できますし。お互いそういう質問をしあいながら、和気藹々とやっています。
Q)研究以外のことも話しあえる感じでしょうか?
A)そうですね、院生でないと共感しあえないこともたくさんありますし。非常勤の仕事の話をしているひとがいたり、今後の進路やいまの授業について、何でも話せる環境かなと思います。
Q)うーん、優等生的な話がたくさん出てきますね。まあ、そのとおりなんだと思いますが(笑)。
A)ほんとにそうですよ!(笑)
Q)外の大学のゼミや研究会、学会に出て学ばせていただく機会も増えると思うのですが、学会デビューはいつ頃でしたか?
A)わたしはまだ1回しか報告の経験がなくて。上智の国文学会※4で今年発表したくらいです。
Q)『中古文学』のほうに書かれたのは投稿論文で、発表はなさっていないんですね?
A)していないです。…すみません。
Q)いえいえ。上智の国文学会は、外部のひともずいぶんいらっしゃるのですか?
A)やはり、上智で教えていらっしゃった方、卒業生の方が中心ですね。
Q)報告されてみていかがでしたか?
A)もちろんすごく緊張はしたのですが、例えば分野がまったく違う方からの質問で、自分がまったくみえていなかった、気づいていなかった問題点をご指摘いただいたり。ここは説明が足りていないんだな、というところは質問が多く出て来るので、やっぱり学会で報告することは大事だなと思いました。
Q)緊張はするタイプですか、しないタイプですか。
A)あ、とてもするタイプです(笑)。

古典不要論に悔しい思い

Q)それでもいまは、よい環境で自分の研究が深められているわけなんですね。…でも、博士課程に進むという決断は、修士までと違って、それなりに重い意味があったと思うのですが。例えば実際、国文学科の博士課程にまで進んでしまえば、あとは中高の国語の教員か、研究者になるしかないところもあるでしょうし。
A)そうですね…。でも、一度就活はしていますし、他の仕事は違う、という気はずっとしていたので。わたしが突き詰めたいのはここなんだな、と。例えば、一般企業に就職するひとたちも、これをやりたい、この分野で貢献したい、ということがあると思うんですが、わたしは平安文学に関心があって、将来の進路を考えても、ここを突き詰めたいのだ、という思いがあったので。もちろん、この先は茨の道だとは思うんですけど。
Q)では、修士で研究なさっているときから、もう博士課程進学は意識していらっしゃった?
A)さすがに覚悟はいるので、もやもやはしていたんですが。…そうですね、修論がけっこう面白かったので。それこそ、『夜の寝覚』という作品が、これをまだまだやりたいな、と思わせてくれる作品だったんですね。それもあって。
Q)一方で、博士後期課程には進学せずに、中高の教員などをしながら研究を続ける、という方々もいらっしゃいますよね。そういう選択肢は採らずに、学位論文を書かねばならない、という強いモチベーションがあったわけですよね。
A)そうですね。プラス、わたしは実はまだ教員免許を持っていなくて(笑)。今年、教育実習にいったくらいなんですよ。でも確かに、教育よりも研究に意識は行っていますね。
Q)教員免許をお取りになるというのは、ポスドクの対策として?
A)現実問題、収入を得なければなりませんので。ただ、もちろん国語という授業が好きだったので。自分の知識を活かして社会に貢献できるとしたらこの仕事なのかな、とは思います。
Q)ちょっと国語教育については伺わなければ、とは思っていたんですが。例えば、小学生の頃に自分に古典への関心を開いてくださった先生のように、子どもたちや若いひとたちに古典を好きになってほしいとか、そのあたりのアウトリーチ的なモチベーションはお持ちではないんでしょうか。
A)あ、それはぜひ広めてゆかなければ、とは思っています。それこそいま、文学離れみたいなことはいわれていますし。学部時代に塾講師をやっていたんですが、国語を教えていると、「古典・漢文なんて要らないよ」とはよく聞くので。すごく勿体ないな!と思っていて。古典に携わる者として悔しいですし。今年実習に行ってみて、やはり教育現場で古典を教えることが、その問題にアプローチするにはいちばん大事な場所なんだ、ということは重々感じましたので。そこにも踏み込んで行けたらな、とは思っています。
Q)実習のときに、この子は昔のわたしだな、という生徒さんはいらっしゃいましたか?
A)いましたね!(笑) 古文を教えてたんですが、明らかに学習意欲が周りとは違う感じの。すごくびっしりワークシートも書いて、うんうん頷いて授業を聞いてくれる。そういう子が、国文学科に進んでくれるといいなと思いましたね。
Q)そういう子が、もしかしたら大友さんのことを、ロールモデルとして捉えているかもしれませんしね。
A)だったら嬉しいですね!
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国文学科はユニークな先生も多い、と緊張もほぐれる。

好きな作品の価値を、自分で生み出せるのが研究

Q)いま人文系の大学院に入ろうかどうしようか迷っているひと、大学院自体にあまり関心がないひとへ向けて、「大学院ってこんなに面白いところですよ」と、何か、若手の研究者としてメッセージをいただけますか?
A)文学研究の面白さは、自分が好きな作品、面白いなと思っている作品に、自分で価値を付けられるところだと思うんですよ。それこそ、高校までの授業だと、すでにある見解とか価値とか、教科書に載っている「価値付けられた作品」を読んで、こういうものがあるんだな、で終わってしまうと思うんですよ。研究はそれとは違って、この作品はこういうところが面白いんだぞ!って、ある程度の根拠をもって、世の中に示せるところがいちばんの面白さですよね。ですから、文学が好きなひとはぜひ、その熱意をいちばん発揮できるところだと思いますので、…来てほしいなと考えます。
Q)なるほど、よく分かりました! ちょっとぼくのほうで文脈を主導してきてしまったところはありますが、大友さんのほうで、何か話し足りなかったところはありますか?
A)そうですね…。文学系の大学院へ行ったら就職できない、という話はよく聞くと思うんですよ。インターネットを検索すれば、「人文系の大学院へ進学したら将来は暗い」なんて出てきますし。でも、例えば修士課程を修了して一般就職、というひとも増えていると思うんですよね。ですから、そんなに怖がらなくてもいいのかなと(笑)
Q)確かに。いま、大学って忙しくなっているので、6年かけないと本当に納得のゆく研究はできない(卒論が書けない)部分はありますよね。修士まで行って完全燃焼してから就職しても、就職状況は4年新卒の場合とそれほど変わらないですし。だから、怖いことはありませんよと。
A)何より面白いですしね!
Q)それがいちばん大事ですよね、本日は長時間ありがとうございました。
A)ありがとうございました。これで大丈夫ですかね…。

  1. ……本廣陽子、本学文学部国文学科教授。 ↩︎
  2. ……菅原孝標女は、父親の国司赴任に従い、上総国に下向した。現在の千葉県市原市、JR内房線五井駅の前には、孝標女の像が立っている。 ↩︎
  3. ……「『夜の寝覚』の「さりげなし」─すれ違いを描く方法として─」(『中古文学』113、2024年)として刊行された。 ↩︎
  4. ……上智大学国文学会。本学国文学科の設置する学内学会。毎年夏季・冬季の2回の大会を開催、『国文学論集』を刊行している。 ↩︎