【史学専攻】自分と出会いなおす旅。

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新井梨予 さん

博士後期課程史学専攻、史学科研究補助員



「なんでここまで惹かれちゃったんだろう」 を探す旅

Q)新井さんのご研究の魅力を、一般の方へアピールしていただけますか。
A)専門としているのは、近世のスペインの歴史で、そのなかでもいちばん南の海辺にある、マラガという都市の研究をしています。わたしは場所ありきで研究をしているところがありまして、高校のときに夏休み一度、マラガに1週間ほど滞在したんです。それが初めてのスペインで。歴史的なものは残っていますが、観光資源という感じで。普通のリゾート地だったのに、なぜかずっと引っかかっていて。まず、スペインで卒論を書こうとは思っていたんですが、そのなかでもまずマラガ、都市に注目しようと。
Q)海外旅行はもともとお好きだったんですか?
A)高3の夏休みだったんですが…、スペインのことはずっと好きだったんですが、大学をスペイン語学科にするか歴史をやるか迷っていまして。とりあえず、スペイン語を何とかしようと。スペイン人に会ったこともなかったので、本物をみてみようと。未成年者をひとりで受け容れてくれるのが、マラガの語学学校だけだったんですよ。それだけなんです。
Q)そうすると、かなり偶然のところもあって、マラガと出会ったと。
A)そうですね、偶然です。行きたくて行ったわけではなくて。それが、初ヨーロッパでした。
Q)スペインがお好きだったというのは、そもそもどういう?
A)それは、遡ること保育所時代…。
Q)ずいぶん遡りましたね(笑)。
A)保育所に置いてあった、『ねぼすけスーザのはるまつり』1という絵本がありまして。日本人の方が書かれたものなんですが、いま考えてみますと、セビーリャの春祭りがテーマになっている絵本なんですね。スーザちゃんという女の子が主人公なんですが、けっこう貧しい…両親がいないのか、おばさんの家に預けられていて。貧しくてお祭りに行く靴が買えないんだけど、ドレスの端切れを使って古い靴をデコレーションして、お祭りに行くという。なんてことのない話なんですけど、それからスペインのことがずっと好きで。とくにアクションを起こしたわけではなかったんですが。
Q)でも、大学でスペインを学ぼうとするほどの動機には育っていったんですね。
A)両親もあまり、実学を勉強しろとはいわなかったので。まずスペイン。それと世界史が好きだったので、世界史のなかでスペインをやるか、それとも語学をやるか。ツールか方法かで迷っていたくらいです。
Q)そうするとやはり、マラガとの偶然の出会いが、一生を決めてしまったというか…。それがどんな出会いだったのか、具体的なところが気になりますね。何でそんなに惹かれちゃったんでしょうね?
A)うーん、たぶん、「なんでここまで惹かれちゃったんだろう」を、ずっと探している気がします。
Q)なるほどね!
A)スペインはともかく、なんで他の都市じゃなくマラガなんだろうという問いは、ずっと自分のなかでもあって。
Q)じゃ、当時最初に行ったときも、惹かれるきっかけみたいなものは何もなくて…。
A)そうです、ずっと日本へ帰りたくて。たった1週間なのに。マラガって、ドイツとかヨーロッパの北の方のひとたちが、夏休みに語学研修に来ることが多くて、学校でもスペイン語とか英語とかではなく、ドイツ語やフランス語話者が多くて、とても孤独でした。2日目からもうホームシックです。ひとりで観光できる時間は楽しかったですけど。
Q)帰りたい帰りたいという孤独な時間と、そこから解放される自由な時間と、そのコントラストのなかで惹かれていったんでしょうかね。「スペインとマラガとわたし」みたいな(笑)。
A)ほんと、ごめんなさい、参考になる話じゃないんです(笑)。

マラガも上智も「思い込み」から

Q)でも史学科に入ったというのは、マラガを勉強するのは、歴史を考えたほうがいいと思ったんですか?
A)そもそも史学科に入る段階では、まだマラガに絞ろうと思っていなくて、スペインの歴史への関心だったんです。語学はツールなので、甘い考えなんですけど、自分で頑張れば何とかなるんじゃないかと。なら、語学じゃなくていいのかなと。
Q)どっちへ行っても、上智だったかもしれませんけどね。
A)そうなんです、ずっと上智に入りたくて!
Q)えっ、そうなんですか。
A)中3から上智のオーキャンに来るという、謎の。ほかの大学のオーキャンには行ったことなくて。
Q)そうなんですね! それはなぜなんですか。
A)イメージです…。
Q)(笑)
A)わたし小・中・高と、ずっと仏教系の学校の出身で。だから、宗教色の強い学校への忌避感はないんですよね。あとは規模感でしょうか。家からも通いやすいし、雰囲気もよいので。なぜかずっと上智。
Q)マラガにしても上智にしても、新井さんのファースト・インプレッションをずーっと引きずっているというか。
A)そうなんです、よくいえばファースト・インプレッション。でも、「思い込み」なところもちょっとあるんですよ!(笑)
Q)自分でも意識化していない、感性の部分で惹かれるものがあって、それを最終的に追究していったわけですね。でもどうですか、入ってみてその自分の印象は正しかったのか、間違っていたのか。
A)正しかったから、こんなに長い間いるんだと思います。
Q)居心地はよかったんですね。では、マラガを最終的に研究の対象に選んだのは、どのような経緯だったんでしょう?
A)3年生…卒業論文を意識する頃ですかね。それまで何度か、研究の方向性をまとめることはあったんですけど、まだマラガでは全然なくて。それを指導教員の坂野先生2が、「こんなの!」と(笑)。面談をたくさんしてくださるんですよ。「なんでスペインなの?」というところから話していったとき、「それって、マラガなんじゃないの?」と。
Q)ああ、「坂野セラピー」の結果なんですね!
A)そうそう、けっこうあるんです。
Q)指導教員との対話を通じて、自分を再発見するという。
A)すごい言語化!
Q)ああ、けっきょく自分はあのときのマラガを追い求めているんだな…と気づいて、じゃ、あらためてマラガに取り組もう!と。
A)そんな感じです!

「来ちゃった」 ✖️2

Q)なかなかキレイな物語り(笑)。で、取り組んだ卒業論文の出来は、ご自分からみて?
A)いやもうヒドイ…。わたし書くことが苦手で(笑)。だから、なんでいまここにいるんだろうと、ずっと思っているんですが。思っていることをきちんとした文章にしてゆくのが、ずっと苦手なんですよ。学部のときのレポートはすごく好きだったんですが、それが「卒論」となると、急に身構えて、ぜんぜん書けなくて。〆切の日の、朝まで書いてました…、あまりよくないタイプの…。
Q)学術論文とか、論理構成がきっちりしたものはダメなんですね。でもずっとお話をうかがっていると、感性はとても豊かだし、エッセイとかは得意なんじゃないですか?
A)そうだと思うんですよね。
Q)では、自分ではあまり向いていないと思っているほうへ…。
A)来ちゃった。
Q)というわけですよね(笑)。そうすると、その先修士課程へ進学しようというのは、大きな判断ですよね? 友だちが一般就職すると、「取り残された感」は強いじゃないですか。
A)そうですね、仲のいい友だちはみんな就職しちゃったので…。わたし進学を決めたのが、遅くて、4年生の就活が始まっている時期だったんです。就活自体も、若干していました。でも、本当にはやる気がないから有名どころにしか出さず、対策も立てていないのでもちろんダメで。で、もう無理だと思いまして、「休学したい」と、坂野先生に話しに行ったんですよ。でも、「面談してほしい」ということで研究室に行ったら、先生は、「なに?大学院の話?」って(笑)。
Q)スペイン、マラガ、サカノ、という引きが…(笑)。坂野先生のなかでは、このひとは大学院に行くひとだ、という位置づけになっていたんですかね。
A)勧めてみれば行きそう、というくらいでしょうか…。
Q)そういわれたときにどうでしたか?
A)いや、ぜんぜん考えていなかったので。大学院は、優秀なひとが行くところだと思っていたので。同期にフランス語とかすごくできる子もいたんですけど、わたしはできないし。ですから、いわれたときはびっくりしたんですが、母が乗り気で。「いいじゃん、行っちゃいなよ」って。「来てもいいっていってくださっているなら、行けばいいじゃん」と。で…来ちゃった。
Q)パワーワードですね(笑)。お母さまは、梨予さんをみていて…。
A)みていて、ずっといっていたのが、この時代、20歳そこそこで就職は違うんじゃないかと。
Q)20代の間はまだまだいろいろなことを学んで、経験して、好きなことをやりながら、自分を磨いたほうがいいだろう、という方針なんですね。
A)そういう家庭方針。
Q)そうしたなかで、回りが許してくれるなら、行ってもいいのではないかと。
A)そうですね…。とにかく就活が嫌で。スーツ来たくない(笑)。就職するにしても、そんなみんなでスーツ着なくてもいいじゃないかと。抗い。
Q)なるほど、いいですね! そう思っている人は、いっぱいいると思います。でも、これまでを振り返って、ふわっとしているみたいな感じで話されていますけど、かなり尖った行動をされてきていますよね、実は。
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成り行きにみえて、新井さんの人生は厳しい決断の連続。

ずっと自分の関心のありかを探してきた

Q)それで進学された修士課程、いかがでしたか?
A)修士1年が…意外と、大変でした。自分の研究というより、取らなければいけない科目の課題が多くて。学部のときより忙しいじゃん!と。
Q)もっと自分の研究をゆっくりできるかな、と思ったら。
A)できるかな、と思ったら…そうでもなく。不足な部分を学べる意味ではよかったんですけど、びっくりしたかなと。
Q)振り返ってみると、やっておかなければならなかったことだったな、とは思いましたか?
A)学部のときにやっておくべきことだったな、と。なんでわたしはこんなことも知らずに大学院へ来ちゃったんだろう、とはすごく思いました。修士1〜2年のときには、イスパニア語学科の内村先生3のゼミにも出ていて、これまで史学科ではフランス史のゼミだったので、肝心なスペイン史の基本を学んでいなかったんですよ。もちろん、興味のあるところは勉強していましたけど、全体像が分からなかったので。坂野先生は、「国制史」というより宗教や都市空間がご専門で、内村先生は複合国家論4とかを研究している方だったので、オーソドックスな歴史学のスペイン史をしっかり学べたのは大きかったと思います。
Q)歴史学全体のなかで、スペイン史、そしてマラガの位置づけができるようになった、ということですかね。
A)そうですね。
Q)でも、自分の研究していることの周辺がクリアーになってきて、見通しが利くようになると、かえって自分の研究の小ささとか、不充分さがよく分かってきて、怖くなることなどはありませんでしたか?
A)そうですね…、「結局これをやっていて、どうなるの?」といった疑問は常にあります。「なんでマラガなんだろう」も、きちんと言語化できていませんし。スペイン語文献も読めるようになると、「あっ、自分が研究していたこと、もうここにあったじゃん」みたいなこと、再生産していただけか…とがっかりすることもけっこう多くて。修士論文を書く前も書いた後も、ずっとそういう状態かもしれません。
Q)学問てみんなそうだと思うんですけど、そうすると逆にやめられなくなっちゃう?
A)そうですね…、不完全燃焼感がずっと強くて。社会に出てからも続けられるっていいますけど、自分はこの環境に身を置き続けるしかないのかって。
Q)それがドクターまで進んだ理由なんですかね。例えば、中高の先生をされながら、一方で研究を続けている先輩方もいらっしゃいますが、そうすると仕事のほうしかできなくなっちゃいそうで?
A)わたし、定職が決まったらとにかくそれに打ち込まなきゃいけない、それしかみえなくなっちゃう性分なんですよね。時間で区切られる仕事ならいいですが、実は教員免許も持っていなくて…。なので、一般的な正社員ということになれば、両立は難しいですから。
Q)そうすると、修士のときよりだんぜん自分の研究へ専念できる環境で、思う存分やってみたいというところですかね。…さて、それでは、「なぜマラガなんだろう」をずっと問い続けて博士課程まで来た新井さんには、いまマラガはどう捉えられていますか?
A)修論を書き終わってここ最近で気づいたのは、マラガを舞台にした「人の移動」に関心があったんだな、ということですね。マラガって沿岸部の街なんですが、商人でも何世代にもわたって定住するひともあれば、一時的に留まるだけの滞在者もいて。北アフリカ(マグリブ)と近いので王国の軍隊が駐留していたり、海賊などの襲撃で住人が捕虜として捕らえられていたり。ひとの出入りがとにかく激しくて、自発的だったり強制的だったり…。そういう、ひとがさまざまな動きをして、それを都市という箱がどう管理をしているのか、というところに興味があったんだなと、修論を書き終えてようやく掴んだ気がします。
Q)なるほど、そうするとずっと、自己探求の旅だったんですかね。マラガを手がかりにして、ずっと自分の興味関心のありかを探し求めてきた。自分っていったい何だろうと、考え続けてきた結果でもある。
A)そうですね!
Q)マラガに最初に来たときに、多彩なひとのゆきかう風景をみていて、しかしそれは自分の気持ちの底に沈んでいて気づかずにいたけれど、…研究を通じてかつて惹き付けられた風景が、よみがえってきたということなんでしょうか。博士課程まで来て、マラガと出会いなおした、自分と出会いなおしたと。
A)キレイな言葉でいいなおしていただきました(笑)

学会報告と「頭のいいひとたち」

Q)ちょっと話は変わりますが、大学院での研究生活は、どのような感じでしょうか?
A)やっぱり忙しいですね。ずっと何かに追われている。「自由」ではないですよね。
Q)長期休暇はどうですか?
A)本当は現地に行ったほうがいいんですけど、ぜんぜん行けていなくて。修士の最初のほうは、新型コロナウィルスの流行が被っていましたし、『紀尾井論叢』5の研究ノートを書いたり、修論へ向けてスペイン史学会6で研究報告をしたり、東京外語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所がやっている「中東☆イスラーム教育セミナー」7に出たりとか。これまでずっと、夏休みは報告系が忙しかったですね。
Q)でも、自分の研究ができていた、ということではありますよね。初めての学会報告、研究会報告はいかがでしたか?
A)最初は、坂野先生がなさっている若手研究セミナーだったので、いらっしゃっている先生もだいたい存じ上げている方だったんです。ですから、スペイン史学会の報告がとても怖くて(笑)。でも、参考文献に挙げさせていただいている先生方から、軒並み質問をいただいたので、どうしようと思いましたけど…でも、あまり怖ろしいご質問はなかったので。本当に細かなこと、スペイン史のひとが回りにいなかったので困っていたことを、直接伺えたのでありがたかったです。
Q)学会のよい面を吸収できたんですね。
A)そうですね。それから、同世代のスペイン史研究者にもこれまで会えたことがなかったので、ネットワークが広がってよかったなと本当に思います。そうそう、大学院に来た理由でもうひとつあるんですが、専門的な知識を持っているひとたちから、直接そのひとたちの使っている言葉で、お話を伺いたいという気持ちが強いんです。一線で活躍する研究者の方々が、難解な学術用語で応酬しているところをみたい!と。それを見聞きするためには、自分も同じ土俵に上がらないとアクセスできないので。
Q)ははあ!(笑) でも伺っていると、新井さんは、徹頭徹尾ひとへの興味関心がすごく強いんですね! ひととひととが交流している、その様子をみたいという好奇心がすごく強い。それに貫かれているんだ。
A)そうかもしれない(笑)。
Q)ひとに関心をもって、出会ったひとのいうことをよく聞いて、ひとを大切にしてきた結果の研究、ということなのでしょうね。
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いまはようやく、自分の好きな研究と向きあえているという。

少しでも関心を持ったのなら、飛び込んだほうがいい

Q)最後に、大学院へ行こうかな、どうしようかな、と迷っているひとたち、まだあまり関心のはっきりしていないかもしれないひとたちに、メッセージを。
A)「行こうかな」と思ったのなら、来たほうがいいですね。
Q)新井さんの行動原理ですよね!
A)そうです! 「行こうかな」と思ったのなら、何らかの興味があるということですし。一度外へ出て、ということでももちろんいいと思いますが、学部のうちに少しでも思ったのなら、行っちゃえばいいと思いますね。まったく関心がないひとは、「知らない」だけだと思うんですよ。嫌いなわけじゃないんですから、情報がなかっただけで。
Q)そうですね、大学院がもっとアウトリーチ活動に力を入れろと! お前、何やってんだと!
A)いえいえ(笑)。
Q)(笑)われわれの課題も、ハッキリと指摘していただいて。本日は長い時間、ありがとうございました。
A)こちらこそ、ありがとうございました。
  1. ……広野多珂子作の絵本。2005年、福音館書店刊。 ↩︎
  2. ……坂野正則、本学史学科教授。専門は、フランス近世の宗教史・社会史。 ↩︎
  3. ……内村俊太、本学外国語学部イスパニア語学科教授。専門は近世スペイン史、とくに16世紀の歴史編纂。 ↩︎
  4. ……19世紀以降の国民国家(均質な国民・一元的な権力体制・ひとまとまりの領土)に比して、多様な社会集団と権力行使のあり方、分散的な領土をも持ちうる、近世以前の国家形態。 ↩︎
  5. ……本学大学院のさまざまな専攻に属する院生たちが組織する、「上智大学Sapientia会」発行の学術誌。 ↩︎
  6. ……日本におけるスペイン史研究の主要学会。1979年設立。 ↩︎
  7. ……中東・イスラームに関する大学院・若手研究者の支援のため、東京外国語大学アジア・アフリカ言語研究所が推進する教育・研究プロジェクト。2005年より毎年実施されている。 ↩︎